2014-01-01から1年間の記事一覧
真っ黒な12月の空から冷たい雨がしとしとと降り出した。恭介はポケットに手をつっこみ、顔をコートの襟に埋めながら、「うーさみい。」と白い息を吐いて呻いた。頭の中には先ほど訪れた飲み屋で流れていたクリスマスソングがぐるぐると回っている。男性客ば…
星になったはずの父が帰ってきたのは、英恵が中学二年生のときだった。 「どうも、あなたの父です。」 屈託のない笑顔で自己紹介をしたその男は、どうやらこの家に居座ろうとしているらしかった。 英恵の母も、突然訪ねてきたその男に最初こそ戸惑っていたも…
そのとき千鶴は思わず、これはもしかして母が喋っているのではないかと錯覚した。 しかしながらそこにいるのは千鶴と、友人である洋介だけであった。 当たり前だ、ここに母がいるわけがない。 そう考えながら右手に持ったジョッキをぐいと傾けた。 ぬるくな…
5 「ああ、そうだ。リンゴ、リンゴがあるのよ。直、持って行かない?」母はそう言って冷蔵庫にぱたぱたと駆けていき、扉を開けると早くもいくつかのリンゴを取り出して袋に詰めはじめている。「まだいるって言ってないじゃん。」直子は母に聞こえぬよう小声…