このはなブログ

言いたいことは全部ポイズン

期待に応えなくてもいいや

いろいろあって心身ともにけっこう疲れている。
自分の内側がぱんぱんに膨れあがっていて、それとともに「もう限界だよ!」って声が聞こえてくる。
知ってるよ、知ってんだよ。


最近はネット上のどこに何を書いても『審査されてる感』が拭えなくてそれがつらい。
発言には『正解』と『やや正解』、『やや不正解』と『不正解』があって、『不正解』を出したら最後、きっと地獄に落ちちゃうんだろうなんて思う。


「この世のどこにも居場所がない」と思うことがある。
私はどこに居ても何をしてても周りの人に『審査』されていて、ネットとかリアルとか関係なく、やっぱり『不正解』を出したらとんでもないことになっちゃうんだと思う。


不正解ってなんだ。不正解ってなんだよ。

怒ってる人はだいたい泣きたい人だと思う。


自分の認知に歪みがあるのはもう知ってるから、ちゃんと時間とって状態を把握して矯正してあげればいいんだけど、とにかくもうヘトヘトで、だからこんな雨の降る日曜日に、家で寝転がりながらスマホを片手に取り、言いたいことはタイトルで全て言えてしまったので、こんな『やや不正解』の文章を綴っているのである。

 

わたしは大丈夫だ。

 

2015.09.12


トマトである。

✳︎✳︎

ひさびさに古くからの友人と飲みに行った。
彼女とは今でもちょくちょく会う間柄であるが、かつて「会う」といえばそれはイコール「酒を飲む」ということであったわたしたちも、わたしの出産を機に様子が変わってしまった。
わたしたちが会う舞台は「夜の居酒屋」から「昼間の公園」に変わり、彼女はとても積極的に娘の遊び相手になってくれ、娘も彼女のことが大好きなのである。

そんな彼女とひさびさに酒を飲んだ。
地元で人気の焼鳥屋に足を運び、名物のつくねを頬張りながら、話に花を咲かせた。
レモンサワーを一杯、二杯と飲み進めていくうちに、周りの客たちの話し声は全く気にならなくなり、わたしたちはただひたすらとりとめもない話をした。
又吉の火花はもう読んだかだとか、最近ついつい食べ過ぎてしまうのは秋が来たせいなのかとか。

互いの家族の話もした。
なぜわたしたちは血のつながりや婚姻関係にある近しい人間に対して思いやりにかけた言葉を吐いてしまうのか、冷静な頭を持ちつつもいざというときの衝動を抑えることができないのはどうしてなのか、そんなことを特段深刻な様子もなく笑顔で話した。

五杯目のレモンサワーを飲んだところで店の退出時間となり、わたしたちは二軒目の店へと移動した。
「本日の刺身がおすすめです」という店員に愛想笑いを返し、レモンサワーと浅漬けのみを注文する。
「あとお水も。」
二軒目では酒と水を交互に飲んだ。
昔のようにガンガンいこうぜとは言えないのである。
わたしたちは一軒目よりもさらにおしゃべりになり、本当にいろいろなことを話した。
どうということはないその話のひとつひとつが、一滴一滴のしずくとなって少しだけわたしの渇いた心を潤してくれた。

二軒目の店が閉店時間になると、会はお開きとなった。
「楽しかった。また飲もう。」
そう言って笑顔で別れた。
とても清々しい気分だった。

その夜は娘を預けていた実家にわたしも泊まった。
わたしが帰ったときすでに眠りについていた娘の頭をそっとなでた。
今日はとてもいい日であった。

✳︎✳︎

軽くシャワーを浴びて娘と同じ布団に潜り込み、さあ眠ろうと思ったそのとき、わたしの中の出川哲朗が突如騒ぎ出した。
「やばいよやばいよ」
もっと詳しくいえば、わたしの「胃」方面にいる出川哲朗さんである。
「やばいよやばいよ」
わたしは彼の言葉を無視することなど到底できなかった。
トイレへ猛ダッシュである。

✳︎✳︎

吐き出した内容物の中には、なにやら「鮮やかな赤」が見てとれた。

これは。

わたしは未だほろ酔い状態の頭で今日のことを思い返した。
赤いものなど食べていない。

これは。

この赤が食べ物の赤でないのなら、その正体はひとつしかないのである。
わたしは頭を抱えた。思わず別居中の夫にLINEを送ろうかと思ったほどに動揺した。
しかし同時にわたしは非常に楽天的であった。
なにかの気のせいではないかと。
わたしは胃の不快感が取れたのをいいことに、そのまま布団にすべりこみ、眠った。

✳︎✳︎

わたしが次に目を開けたとき、辺りはまだ暗いままであった。
蒸し暑さを感じて窓を開けると、心地よい風がわたしの汗をさらった。
わたしは唐突に思った。

トマトである、と。

あれはトマトなのであると。

わたしは一軒目の焼鳥屋にて自ら「冷しトマト」を注文し、もぐもぐと食べていたことをすっかり失念していたのだ。

なあんだ。

あれはトマトだったのだ。

わたしはひとりであははと笑い、再び目を閉じた。

やっぱり今日は、とてもいい日であった。

白紙の手帳に千の思い出 - 短歌の目第5回7月のお題

 

tankanome.hateblo.jp

 

詠みます。

 

1.手帳

「いらないよ」十年過ごした君に云う 白紙の手帳に千の思い出

 

2.花火

初花火「二人で」契った過去遠く 空咲く光が 三人 ( みたり ) を照らす


3.虫

みんみんみん 虫らの合唱聴きいれば  四方 ( よも ) から全身夏に ( いだ ) かれ


4.白

砂浜が 真白 ( ましろ ) の裸足焼き焦がし 心は早くもラーメン食べたい*1


5.アイス

アイス溶け手に滴るも知らんふり 「はんぶんこ」笑む幼き白ひげ


6.プール

‘心から好きだよ’ 飛沫 ( しぶ ) く笑い顔 チャコ*2が流れるプールサイドで


7.すず

すずの音が鳴り響く夜に ( きぬ ) ほどき 月だけが ( ) る二人の逢瀬


8.アンタレス

この夏も主役になれないアンタレス 大事な ( あか ) は足りているから


9. 雷

雷鳴が荒ぶ波音かき消して 車内に響く真夏の果実*3


10.【枕詞】ぬばたまの

ぬばたまの夜深につのる愛しさに 「大丈夫」だと言ってほしくて

 

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↑去年見た熱海の花火大会、子がギャン泣きでしたお。

 

今回はあまり推敲せず夏だねわっしょいの勢いでいっきに詠んだので個人的な思い出にかたよりました。
好きなのあったら引用スターくれさい!
ばいちゃ☆

うぐいす、かめで発情したってよ。 - 第3回「短歌の目」5月

 

今月も題詠短歌に参加しまーす。

tankanome.hateblo.jp

 

詠みます。

☆☆

 

1. うぐいす

淡緑の風にうぐいす舞飛べば花の蕾があくびをよこす

 

2. 窓

トントントン 雨粒窓をノックして「洗濯物を取り込みなさいな」

 

3. 並ぶ

立ち並ぶビルに挟まれ太陽が「ハローここはトーキョー、シンジュク」

 

4. 水

緑水の水面みなもに浮かぶあめんぼの輪が連なりて 幾重にも幾重にも

 

5. 海

日焼け跡 黒から白へと指すべり 揺れる髪から海の残り香

 

6. かめ

「かめへんよ」はにかみ俯くショートヘア 赤ランドセルがふたつ並んで

 

7. 発情

春風が僕の発情からかってふわりと揺らすあの子のスカート

 

8. こい

雲よりも高く飛んだらどんなだろ 小さなこいの夢ははためき

 

9. 茜さす

茜さす日暮れ手つなぎ帰り道 カレーの匂いはどこの家かな

 

10. 虹

雨上がり虹のしっぽをつかまえて消えゆく運命さだめに待ったをかける

 

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☆☆

今回は春から夏にかけてのさわやかな情景が思い浮かぶ感じの感じになればいいな的な感じに作りましたベイベ。引用スターくれさい!

青空スニーカー - 第7回短編小説の集い

 

「ねえ、人って死んだらどうなるの?」

おやつに出されたいちご大福をうまいうまいと頬張りつつも、リサは最近ずっと気になっていたことを口にした。

「どうなるって?うーん…」

その問いがあまりにも唐突だったので、彼女と一緒にいちご大福を頬張っていた彼女の祖父、勲は答えに窮してしまった。

「死んじゃったらさあ、目も、見えなくなるんでしょ?息もしなくなるでしょ?そしたらさあ、どうなるの?」

「うーん、そうだねえ…」

「わたし、こわいよ。わたしだって、いつか死んじゃうんでしょう?そうしたら、その後はどうなるんだろうって、昨日の夜はそれで泣いてしまったの。」

すがるような目で答えを求めるリサの隣に回り込み、勲は腰を下ろして彼女を抱きよせた。

「死んでしまったらどうなるのか、実はじいちゃんにもよくわからないんだ。」

勲は眉をへの字にして答えた。

「死んだあとも魂は残って新しい命に生まれ変わるなんていう話もあるし、天国や地獄の話だってあるけど、それを確かめることなんてできないからね。だから、じいちゃんにもわからない。」

「おじいちゃんは、死ぬのが怖くないの?」

「もちろん怖いさ。怖くて、怖くて、涙が出そうになるときだってあるよ。だけど、だからこそ、今こうしてリサといちご大福を一緒に食べれることが、とても幸せなことだと思うんだよ。」

そう言って勲の皺だらけの手がリサの小さな頭の上に乗せられる。
リサは彼の体にきゅっとしがみつき、その温かさを頰いっぱいに感じた。

 

 

「ただいまー!」

その日も学校から帰るといつものように、リサは自分の住む家の近所にある祖父母の家に遊びに来た。
父も母もこの時間は仕事で家にいないため、友達と遊ぶ予定のない日はいつも決まってここに来ている。

「おー、リサ、おかえり。」
「リサ、おかえりなさい。」

いつものように笑顔で迎えてくれる二人の声に左手で応えながら、右手は早くもダイニングテーブルの上に置かれた煎餅の袋に伸びている。

「あー疲れた疲れたー!」

ばりばりと音を立てて煎餅を噛み砕きながら、リサはテーブルの上に突っ伏すような格好になった。

「今日も運動会の練習だったんか。」

勲がリサの対面に腰をかけながら聞いた。
祖母のかなえはソファに座って再放送のドラマを見ている。

「うん、今日はねえ、ひったすら行進の練習。あんなのぜーんぜん面白くない。」

リサの通う小学校では来月に運動会を控え、そのための練習が時間割に組み込まれることも多くなった。
中でも、開会式や閉会式の入退場で全校生徒が行う「行進」の練習には多くの時間が割かれ、今日も3時間目と4時間目の時間を使っての学年練習が行われていたのだ。

「少しでも列が乱れたら最初っからやり直しなんだもん。もーやんなるよ。わたしはそんなのよりさあ、もっと競技の練習がしたいよ。リレーとかさあ。」

「リサは走るのが好きだもんねえ。」

ドラマを見ていたかなえもリサの話を聞いていたらしく、ふふふと笑いながらそう言った。

そう、リサは走るのが好きだ。
走っている間はごちゃごちゃと難しいことを考えなくてすむ。
苦手な漢字の小テストのことも、生や死のことも。

「わたしさあ、今年も100m走、瑛子と走ることになっちゃった。」

「瑛子ちゃんって、去年一位をとったあの子か?」

勲の問いにうなずきながら、リサはあーあとやさぐれた気持ちになった。
瑛子はリサの学年で一番足の速い女子で、去年の100m走もリサは彼女と走り、惨敗した。

「今年も一位、獲れなそうだなあー。もー、ついてないよ。」

リサは唇を尖らせて再びテーブルに突っ伏した。
リサの足はクラス内では文句なしに一番速く、毎年リレーの選手にも必ず選出されているが、未だに隣のクラスの瑛子のタイムを上回ったことはない。

「そんなことはないだろう。今年はリサが勝つさ。」

勲はリサの手にぽんぽんと触れながらそんなことを言う。
彼にそう言われると、あの瑛子にも勝てるような気がしてくるから不思議だ。

「でも、やっぱり無理だよ。」

「そんなことはないぞ。じいちゃんは去年のレースを見て思ったんだ。リサは他の誰よりも美しい走り方をする。フォームがとてもきれいなんだ。」

「でも負けたけどね。」

「それはスタートで手間取っただけさ。後半の伸びは誰よりもよかった。まるで、風がリサの味方をしているようだった。本当だよ。」

顔をくしゃりとさせてニカッと笑う勲の顔に慰めの色はなかった。
彼は陸上競技の経験などないはずだが、その言葉は自信に満ち溢れていた。

「そうかなあ。」

「そうさ。それに…」

勲はふいに立ち上がり、かなえに目配せをすると、背後にあった箱を取り出してリサの前に差し出した。

「これはじいちゃんとばあちゃんからのプレゼントだ。」

リサはぽかんとした顔のまま、目の前に置かれている赤い包装紙に包まれた箱を見つめた。

「なにこれ?」

「開けてごらん。」

リサは言われるままにびりびりと包装紙をとく。
はて。誕生日はまだまだ先のはずだが。

20センチほどの箱をぱかりと開けてみると、そこには新品のスニーカーが入っていた。
まるで空の色をぎゅっと詰め込んだような、水色のスニーカー。

「えっ!これっ…!」

驚きと嬉しさが入り混じるリサの声に、勲とかなえは満足そうに笑った。

「今履いているやつはもうボロボロだろう。そろそろ替え時だと思ってね、お母さんたちにも相談して、じいちゃんとばあちゃんからプレゼントさせてもらうことにしたんだ。」

リサはその箱からもう目が離せなかった。
水色はリサの好きな色だし、それに、以前ちょっとだけ話したことのある、クラスの間で流行っているこのスニーカーのメーカーのことまで祖父たちが覚えていたなんて。

「あっ、ありがとう…!」

予想外のことに混乱しつつも、やっとそれだけ言ってリサは顔をあげた。
勲はふたたび顔をくしゃりとさせてニカッと笑い、かなえはふふふと微笑んだ。

「これで一等間違いなしさ。」

リサはその帰り道、もらったスニーカーを抱きしめながら、明日からこの靴でスタートダッシュの練習をしようと考えていた。
この靴を履けば、きっともっともっと走るのが楽しくなる。

『リサは他の誰よりも美しい走り方をする』

先ほどの勲の言葉と笑顔を思い出して思わず頰がゆるみ、足は自然とステップを踏んだ。
夕陽が照らす細い道に、リサと、スニーカーの入った箱の影が長く伸び、美しく舞った。

 

その数日後、勲は突然この世を去った。

 

 

勲たちにもらった水色のスニーカーに足をつっこみ、靴紐をしっかりと結んだ。
すでに何度も足を通したその靴は、もらったときの綺麗な水色がところどころ泥で汚れてしまっている。

「リサ、いってらっしゃい!ママたちも、後から行くからね!頑張ってね!」

弁当の用意をしていた母親がエプロン姿のまま慌ただしく言い、リサにガッツポーズをみせた。

「うん!いってきます!」

体操着のお尻の部分をパンパンとたたいて、リサは玄関の外に飛び出した。
ギラギラと輝く太陽に頰がじりりと焼かれ、かと思えばサラリと涼やかな風がリサの額の汗をさらっていく。

ねえ、おじいちゃん。

リサはもう何度もそうしているように、空に向かって言葉を投げかけてみた。
返事など、返ってくるはずもないけれど。
青い空にはソフトクリームのような雲が浮かび、遠くで子どもが笑っている声がした。
もうどこにも祖父はいなかった。

こんなにも晴れた空なのに、リサの心にぽつりと落ちた雫はそのまま静かな水面に寂しさを広げてゆく。
それを感じるたび、もうどこへも動けないような、このまま足が止まったままになってしまうような、そんな錯覚にとらわれる。

ふいに強い追い風が吹き、背中を押されるようにしてリサは足を前に踏み出した。
右、そして左。右、左、右、左、と風に押し出されるようにして自然とリサの足はどんどんと加速していく。
気づくと走り出していた。

「おーい!おはよーう!」

前方にクラスメイトの女の子たちの群れが見えると、リサは手を振って声を上げた。

「おはよー!リサちゃんやる気まんまんだねー!」

あっという間に横に並んだ彼女たちの声はすぐに後方へと流れていき、それでもリサは止まることなくぐんぐんと前へ進む。

今走っているこの道の、学校を越えてどこか遠い遠い場所へとつながるこの道の、その先にどんなものがあるのか今のリサには想像のしようもなく、その道をたどることは、もしかしたらつらくて寂しいことなのかもしれない。

だけれど足は止まらない。

リサの背中を押していた風はそのまま空へと昇り、高く高く、ソフトクリームの雲へと吸い込まれていく。
キラキラとした汗が鼻に浮かぶと、リサはそれを細い指で拭った。

今日は絶対一等をとるからね。

心の中でそう呟くと、リサは前を向いてぐんとスピードを上げた。
彼女の水色の足はやがて5月の爽やかな空気に溶けていき、彼女の通った道にはまた新しい風が吹いた。

 

 

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参加しまっくす

新学期にはあらたまの粉がひとつフール - 第2回「短歌の目」4月

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詠みます。

 

★★

1.入

西の空 いそげいそげと陽は入りぬ 赤に混じりて来たりし闇夜

 

2.粉

粉雪の溶けるくらいの温もりはわたしにだってありますことよ?

 

3.新学期

ばたばたと寝ぐせで飛び出す新学期 「かばん忘れてる!」母叫ぶ

 

4.フール

嘘、本当、好き、嫌い、生、死、喜、怒、哀、楽、それ全部この世に降るフール

 

5.摘

鼻摘まみ “風邪ひきました” と連絡を 入社してまだ3日目だけど

 

6.異

異国へと旅立つ背中押す父の「行け」と「行くな」が両方聞こえ

 

7.花祭り

「おかしゃしゃま?はまなちゅり?」「うん、花祭り。」
生まれてくれてどうもありがと

 

8.あらたまの

あらたまの春に聞こえし産声の手の小ささに心奪われ

 

9.届け

恋ならば早めのお届け勧めます。お熱いうちに、冷めちゃう前に。

 

10.ひとつ

ひとつしかないと落ち込むその前にポケット入れて叩いてみれば

 

★★

今回も楽しんでつくれました◎

文字数合わせのために“たり”とか初めて使ったんですけど活用的なこと全然分からなくて絶望したのであらたまの的なことも含めて要勉強ですはい。

 

蕾 - 【第6回】短編小説の集い

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「ほんで、4月からどうすんの。」

「どうすんのって、何が。」

黒い空にぽっかりと浮かぶ白い月に向かって、アカリはふうと煙を吹きかけた。

「何がって、働いたりしないの。」

「働いてるじゃん。」

手に持った缶ビールを傾けてグビリとひとくち飲む。
ヤニ臭い口の中もアルコールを流し込めば気にならなくなった。

「それはバイトでしょ。」

「バイトだって働いてることに変わりないでしょうよ。」

なんだか面倒臭いことを言うケイスケにも煙を一息吹きかけながら、アカリは投げやりに言った。
ついこの間までコートの襟に首を埋めないと外を歩けなかったのが嘘のように、今は生暖かい風がアカリの身にまとわりついて彼女の心をざわつかせた。

「まあ、いいや。アカリがそれでいいなら。」

そう言ってケイスケはアカリが手に持つ缶ビールを奪いとり、グビリとひとくち飲んだ。
男の人が飲み物を飲む姿はどうしてこうもセクシーなのだろうと、気分が沈んでいるこんなときでもつい見惚れてしまう。

「何見てんの。」

「別にぃ。」

昼間は花見客で賑わうこの公園は、夜になった今ではカップルの聖地となり、設置されたベンチは全て幸せな男女で埋め尽くされていた。
解散後の花見客と思われる男たちが数人、奇声を上げながらアカリたちの横を通り過ぎていく。

「俺たちも、今までみたいに頻繁には会えなくなるね。」

「でしょうね。」

ケイスケに奪われたビールを奪い返してグビリと大きくひとくち。早く酔ってしまいたかった。

「でしょうねって。なんだよ。」

そう言って泣き笑いのような顔をするこの男が、愛おしいんだかうざったいんだかよく分からなくて、アカリの口からは煙しか出てこない。

「煙草、やめたんじゃなかったの。」

「やめたよ。」

「やめてないじゃん。」

ですよねーと茶化すアカリにケイスケはやれやれと首を振るだけだった。

「でももう本当にやめまーす。」

そう言ってアカリはまだ中身の残った煙草の箱をゴミ箱に投げ入れた。
そして自分の手に持った最後の火を消すと立ち上がった。

「行こ!」

「どこ行くの。」

「桜が見えないところ!」

春はきらいだ。未来を想像させるから。

「あっそう。」

やれやれと首を振り名残惜しそうに桜を眺めながら、ケイスケはアカリのあとに続いた。

白くてきれいなケイスケの肌は、咲き乱れるソメイヨシノの一部のようで、それがアカリを不安にさせる。
この人とこうして会えるのはあと何回だろう。

「ねえ見てあの木。」

ケイスケが公園の出口付近にある一本の木を指さす。

「あの木だけ全然花が咲いてないね。」

アカリがそちらに顔を向けると、確かに、同じソメイヨシノのはずなのにその木だけはまだ蕾が多く、三分咲きといったところだった。
他はもう皆満開だというのに。

「なんでだろうね?」

「さあ。」

「あそこだけ日当たりが違うのかな?」

「咲きたくないんじゃないの。」

「なんで。」

「散るのが怖いから。」

「なにそれ。」

「さあ。」

よくわかんねーとケイスケが笑うと、あたしもわかんねーとアカリも笑った。
二人は手をつないで公園を抜けると、そのまま明るく輝く街の方へと歩いていった。

 

 

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