このはなブログ

言いたいことは全部ポイズン

2015.09.12


トマトである。

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ひさびさに古くからの友人と飲みに行った。
彼女とは今でもちょくちょく会う間柄であるが、かつて「会う」といえばそれはイコール「酒を飲む」ということであったわたしたちも、わたしの出産を機に様子が変わってしまった。
わたしたちが会う舞台は「夜の居酒屋」から「昼間の公園」に変わり、彼女はとても積極的に娘の遊び相手になってくれ、娘も彼女のことが大好きなのである。

そんな彼女とひさびさに酒を飲んだ。
地元で人気の焼鳥屋に足を運び、名物のつくねを頬張りながら、話に花を咲かせた。
レモンサワーを一杯、二杯と飲み進めていくうちに、周りの客たちの話し声は全く気にならなくなり、わたしたちはただひたすらとりとめもない話をした。
又吉の火花はもう読んだかだとか、最近ついつい食べ過ぎてしまうのは秋が来たせいなのかとか。

互いの家族の話もした。
なぜわたしたちは血のつながりや婚姻関係にある近しい人間に対して思いやりにかけた言葉を吐いてしまうのか、冷静な頭を持ちつつもいざというときの衝動を抑えることができないのはどうしてなのか、そんなことを特段深刻な様子もなく笑顔で話した。

五杯目のレモンサワーを飲んだところで店の退出時間となり、わたしたちは二軒目の店へと移動した。
「本日の刺身がおすすめです」という店員に愛想笑いを返し、レモンサワーと浅漬けのみを注文する。
「あとお水も。」
二軒目では酒と水を交互に飲んだ。
昔のようにガンガンいこうぜとは言えないのである。
わたしたちは一軒目よりもさらにおしゃべりになり、本当にいろいろなことを話した。
どうということはないその話のひとつひとつが、一滴一滴のしずくとなって少しだけわたしの渇いた心を潤してくれた。

二軒目の店が閉店時間になると、会はお開きとなった。
「楽しかった。また飲もう。」
そう言って笑顔で別れた。
とても清々しい気分だった。

その夜は娘を預けていた実家にわたしも泊まった。
わたしが帰ったときすでに眠りについていた娘の頭をそっとなでた。
今日はとてもいい日であった。

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軽くシャワーを浴びて娘と同じ布団に潜り込み、さあ眠ろうと思ったそのとき、わたしの中の出川哲朗が突如騒ぎ出した。
「やばいよやばいよ」
もっと詳しくいえば、わたしの「胃」方面にいる出川哲朗さんである。
「やばいよやばいよ」
わたしは彼の言葉を無視することなど到底できなかった。
トイレへ猛ダッシュである。

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吐き出した内容物の中には、なにやら「鮮やかな赤」が見てとれた。

これは。

わたしは未だほろ酔い状態の頭で今日のことを思い返した。
赤いものなど食べていない。

これは。

この赤が食べ物の赤でないのなら、その正体はひとつしかないのである。
わたしは頭を抱えた。思わず別居中の夫にLINEを送ろうかと思ったほどに動揺した。
しかし同時にわたしは非常に楽天的であった。
なにかの気のせいではないかと。
わたしは胃の不快感が取れたのをいいことに、そのまま布団にすべりこみ、眠った。

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わたしが次に目を開けたとき、辺りはまだ暗いままであった。
蒸し暑さを感じて窓を開けると、心地よい風がわたしの汗をさらった。
わたしは唐突に思った。

トマトである、と。

あれはトマトなのであると。

わたしは一軒目の焼鳥屋にて自ら「冷しトマト」を注文し、もぐもぐと食べていたことをすっかり失念していたのだ。

なあんだ。

あれはトマトだったのだ。

わたしはひとりであははと笑い、再び目を閉じた。

やっぱり今日は、とてもいい日であった。