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蕾 - 【第6回】短編小説の集い

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「ほんで、4月からどうすんの。」

「どうすんのって、何が。」

黒い空にぽっかりと浮かぶ白い月に向かって、アカリはふうと煙を吹きかけた。

「何がって、働いたりしないの。」

「働いてるじゃん。」

手に持った缶ビールを傾けてグビリとひとくち飲む。
ヤニ臭い口の中もアルコールを流し込めば気にならなくなった。

「それはバイトでしょ。」

「バイトだって働いてることに変わりないでしょうよ。」

なんだか面倒臭いことを言うケイスケにも煙を一息吹きかけながら、アカリは投げやりに言った。
ついこの間までコートの襟に首を埋めないと外を歩けなかったのが嘘のように、今は生暖かい風がアカリの身にまとわりついて彼女の心をざわつかせた。

「まあ、いいや。アカリがそれでいいなら。」

そう言ってケイスケはアカリが手に持つ缶ビールを奪いとり、グビリとひとくち飲んだ。
男の人が飲み物を飲む姿はどうしてこうもセクシーなのだろうと、気分が沈んでいるこんなときでもつい見惚れてしまう。

「何見てんの。」

「別にぃ。」

昼間は花見客で賑わうこの公園は、夜になった今ではカップルの聖地となり、設置されたベンチは全て幸せな男女で埋め尽くされていた。
解散後の花見客と思われる男たちが数人、奇声を上げながらアカリたちの横を通り過ぎていく。

「俺たちも、今までみたいに頻繁には会えなくなるね。」

「でしょうね。」

ケイスケに奪われたビールを奪い返してグビリと大きくひとくち。早く酔ってしまいたかった。

「でしょうねって。なんだよ。」

そう言って泣き笑いのような顔をするこの男が、愛おしいんだかうざったいんだかよく分からなくて、アカリの口からは煙しか出てこない。

「煙草、やめたんじゃなかったの。」

「やめたよ。」

「やめてないじゃん。」

ですよねーと茶化すアカリにケイスケはやれやれと首を振るだけだった。

「でももう本当にやめまーす。」

そう言ってアカリはまだ中身の残った煙草の箱をゴミ箱に投げ入れた。
そして自分の手に持った最後の火を消すと立ち上がった。

「行こ!」

「どこ行くの。」

「桜が見えないところ!」

春はきらいだ。未来を想像させるから。

「あっそう。」

やれやれと首を振り名残惜しそうに桜を眺めながら、ケイスケはアカリのあとに続いた。

白くてきれいなケイスケの肌は、咲き乱れるソメイヨシノの一部のようで、それがアカリを不安にさせる。
この人とこうして会えるのはあと何回だろう。

「ねえ見てあの木。」

ケイスケが公園の出口付近にある一本の木を指さす。

「あの木だけ全然花が咲いてないね。」

アカリがそちらに顔を向けると、確かに、同じソメイヨシノのはずなのにその木だけはまだ蕾が多く、三分咲きといったところだった。
他はもう皆満開だというのに。

「なんでだろうね?」

「さあ。」

「あそこだけ日当たりが違うのかな?」

「咲きたくないんじゃないの。」

「なんで。」

「散るのが怖いから。」

「なにそれ。」

「さあ。」

よくわかんねーとケイスケが笑うと、あたしもわかんねーとアカリも笑った。
二人は手をつないで公園を抜けると、そのまま明るく輝く街の方へと歩いていった。

 

 

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 参加しまうす。